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人工種苗の普及率を魚種別に見ると分かる3つの壁

水槽が並ぶ清潔な水産ふ化場で、研究員がタブレットの水質データを確認している写真

本ページは公開情報を整理した業界レポートであり、特定の事業者・技術・種苗の推奨ではありません。

養殖の入口である種苗を、天然の稚魚に頼るのか、人の管理下でふ化させた人工種苗に切り替えるのか。国もこの転換を進める方向を示していますが、現場の数字を魚種ごとに見ていくと、普及の進み方には大きな差があります。この記事では、公表されている資料を手がかりに、人工種苗の普及を妨げる壁を三つの視点で整理します。特定の事業者や魚種を推奨するものではなく、資料から確認できる事実と、その読み方に絞って解説します。

4.7%という数字をどう読むか

水産白書(令和6年版)の水産施策の主なKPIには、令和5年(2023年)の人工種苗比率が4.7%と掲載されています。国は、ニホンウナギ、クロマグロなどの養殖で、2050年までに人工種苗比率を全量にすることを目指す姿勢を示しています。数字だけを見ると、養殖全体で人工種苗がほとんど使われていないように思えるかもしれません。

ただし、この4.7%は養殖全体の比率ではありません。対象はニホンウナギ、クロマグロ、カンパチ、ブリという、天然種苗への依存が大きい魚種です。マダイのように人工種苗の利用が早くから進んだ魚種は、この比率の対象に入っていません。したがって、4.7%は「天然種苗に頼りがちな魚種で、転換がどこまで進んだか」を示す数字として読むのが適切です。

もう一つ注意したいのは、四つの魚種をまとめた数字だという点です。魚種ごとに親魚の確保、ふ化後の飼育、出荷までの年数といった条件が違うため、平均値だけでは壁の高さが見えません。そこで、以下では壁の種類を三つに分け、それぞれに当てはまる魚種の公表事例を確認していきます。

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魚種種苗に関する公表資料の記載資料の出所
ブリ・カンパチニッスイの黒瀬水産は、2022年に出荷魚のすべてが人工種苗になったと公表しています。ニッスイ公式サイト
クロマグロ令和7年(2025年)の活け込み尾数479千尾のうち、人工種苗は167千尾です。水産庁の養殖実績(速報値)
ニホンウナギ天然のシラスウナギを採捕して育てる方式が現在も大半です。完全養殖ウナギの試験販売が報じられています。水産研究・教育機構、報道
マダイ戦略的養殖品目に入り、2023年の生産量は7万トン、2030年の目標は11万トンです。水産白書(令和6年版)

2026年10月時点、各社公式サイト・公開資料に基づく。最新情報は各社サイトで確認してください。

第一の壁:世代をつなぐ完全養殖の難しさ

第一の壁は、人工種苗を安定して得るために、親魚そのものを人の管理下で育て続けなければならない点です。人工種苗は、親魚から採卵して人工的にふ化させた種苗を指します。これに対して完全養殖は、人工ふ化させた魚を親魚まで育て、その親魚から採った卵で次の世代を育てるサイクルを繰り返す養殖です。親魚が天然由来でも人工種苗の生産は成り立ちますが、完全養殖と呼ぶには親魚が人工種苗由来であり続ける必要があります。

クロマグロについては、近畿大学が2002年に世界で初めて完全養殖に成功したと報じられています。研究の開始は1970年とされ、成功までに30年以上を要した計算になります。親魚になるまでに年数がかかる魚種では、世代交代のたびに長い時間と大きな施設が必要になります。ウナギも、現在は天然のシラスウナギを採捕して育てる方式が大半で、人工種苗の量産が大きな課題とされています。水産研究・教育機構の公式サイトにはウナギ人工種苗に関する情報が掲載されており、報道では2026年5月に完全養殖ウナギの試験販売が伝えられました。

一方で、ブリのように世代交代が比較的進んだ魚種では、状況が異なります。ニッスイの公式サイトによれば、黒瀬水産は2022年に出荷魚のすべてが人工種苗になったとされています。同じ「人工種苗」という言葉でも、魚種によって到達度が大きく違うことが分かります。

この壁を見るうえでの視点は二つあります。一つは、親魚を育てる年数と施設の規模です。もう一つは、技術が研究機関や大手企業の拠点に集まりやすく、他の事業者に広がるまでに時間がかかる点です。大学、水産・食品大手、専業の育種企業、都道府県といった主体ごとの取り組みは、人工種苗・完全養殖の比較表で事実項目として並べています。

第二の壁:活け込みと出荷で見え方が変わる生残とサイズ

第二の壁は、ふ化した仔魚を生け簀に入れられる大きさまで育てる過程での生残です。水産庁が公表している令和7年(2025年)の国内クロマグロ養殖実績(速報値、令和8年7月9日時点)には、この壁を考えるための数字が含まれています。

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  • 種苗の活け込みは479千尾で、内訳は天然種苗が312千尾、人工種苗が167千尾です。人工種苗の割合は、本サイトで算出すると約35%になります。
  • 出荷は273千尾、19,578トンで、このうち人工種苗由来は13千尾、408トンです。人工種苗由来の割合は、尾数で約5%、重量で約2%になります。

活け込みの段階では約35%を占める人工種苗が、出荷の段階では約5%に下がって見えます。ただし、出荷されるのは数年前に活け込まれた個体であり、単年の活け込みと出荷を単純に比べることはできません。人工種苗の利用が近年増えている場合、過去の出荷には人工種苗由来が少ないという見え方になります。この数字から、人工種苗が出荷までに多く失われると読み取ることはできません。

この資料には、人工種苗は陸上施設で生産され、天然種苗と比べて小型のため死亡が多い、という趣旨の注記が付いています。つまり、サイズの小ささが、活け込み後の管理の難しさにつながりうることが示されています。ふ化場の側から見れば、仔魚期から稚魚期にかけての飼育、初期飼料の給餌、選別と計数といった一連の工程で、生残率を高める工夫が求められます。

生残率は種苗生産の採算を左右する指標です。稚魚の自動選別や計数の仕組みは、種苗テックの比較表で、公表事例のある範囲を整理しています。関心のある方はスマート孵化場・種苗テックの比較表も参照してください。

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第三の壁:ふ化場から生け簀までの供給体制

第三の壁は、種苗が養殖現場に届くまでの供給体制です。種苗の流通は、ふ化場、中間育成を担う事業者、そして養殖業者という段階で成り立っています。クロマグロの例では、ふ化場で数センチから十数センチまで育てた稚魚を、中間育成の施設で一定のサイズまで育て、その後に海面の生け簀へ活け込みます。

豊田通商は、2010年から近畿大学とクロマグロの中間育成事業で業務提携していると公表しています。このように、ふ化場と養殖場の間を担う段階が別の事業者によって支えられていることが、供給体制を考えるうえでの特徴です。段階が増えるほど、親魚、ふ化、中間育成、輸送、活け込みのそれぞれで、設備や人員、タイミングの調整が必要になります。

供給の担い手も魚種によって異なります。ブリのように水産・食品大手がグループ内で種苗生産と養殖を持つ垂直統合型の例もあれば、都道府県の栽培漁業センターが放流用の種苗を中心に生産し、養殖用の供給を行う例もあります。三重県の公表資料では、三重県栽培漁業センターと尾鷲栽培漁業センターで、令和3年度にマダイを60万尾生産して54万尾放流、ヒラメを20万尾生産して8万尾放流、トラフグを25万尾生産して22万尾放流したと示されています。放流用の種苗と養殖用の種苗では、買い手も納期も採算の考え方も異なるため、同じ施設設備でも運営の前提は変わります。

この壁は、単一の企業や技術だけでは越えにくい性格を持っています。大学、公的機関、企業、周辺産業がそれぞれの段階で役割を持つため、プレイヤーの類型ごとに何を担っているかを把握することが、全体像を読む近道になります。市場構造の概要は水産種苗産業の全体像に整理しています。

まとめ:壁の種類を分けて数字を読む

人工種苗比率4.7%という数字は、天然種苗への依存が大きい四つの魚種をまとめたものであり、そこから壁の種類までは読み取れません。魚種別の公表資料を見ると、親魚を育てて世代をつなぐ難しさ、小型の人工種苗を管理する難しさ、ふ化場から生け簀までの供給体制の難しさという、性質の異なる三つの壁が重なっていることが分かります。

数字を読むときは、対象の範囲、集計の時点、単年の活け込みと出荷を比べてよいかという三点を確認すると、誤読を避けやすくなります。事業判断が必要な場合は、水産庁の公表資料と各社の公式情報で最新の内容を確認してください。

参照した一次情報

本サイトは公開情報を整理した業界レポートであり、特定の事業者・技術・種苗の推奨や投資助言ではありません。市場規模・生産量などの数値は出典の時点のものです。事業判断は各社公式情報・行政資料をご確認ください。